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神戸新聞、コラム正平調書き写し

たこたこあがれ、の歌声を聞くのも
そろそろかと思えば、聞こえるのは
タコタコ上がる、の大合唱である。
タコの値段がなんとマグロ超えで、
たこ焼き屋さんは悲鳴を上げている
という◆地物は不漁続きで、海外産は欧米
や中国の需要が増えて買い負け。円安に、
輸送費の上昇もある。ああ、これではもう
タコの八ちゃん、八方ふさがり、八本足を
お手上げだ◆タコがだめならイカ、という
分けにはいかぬ。イカだってあがってる。
オレンジもオリーブも、カカオもコーヒー
も高騰が続く。来年の主要各社の飲食料品
値上げは、既に約4千品目。背景には世界
的な気候変動や政情不安が有る◆まさに、
食料インフレ。稼ぐに追いつく貧乏なし、
とは言うけれど、値上げに勝つ賃上げへの
道はまだまだ遠い。働けど働けど、と不満
が社会にたまっていかないか、負の連鎖が
気がかりだ◆インフレという言葉は、長寿
漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所」で
覚えた。たこに「インフレ日本円」と書く
とたちまち揚がり出すーというギャグに、
意味も分からずに笑っていたのは、半世紀
近い昔のこと◆次のお正月、たこになんと
書いてみよう。「イシバノミクス」と筆を
振るえど、地をはうばかりだと恐ろしい。
糸が切れるのだけは、ご勘弁。2024・12・15

神戸新聞、コラム正平調書き写し

広島に原爆が投下された直後の様子
を女性が語っている。「私たちはあ
の時何も話さなかったんです」。友
人と過ごした最初の夜も、上空を米
軍機が飛ぶのを見上げたときも、無
言だった◆「焼け跡で父親に会った時も二
言三言話しただけで、あとは何も話さなか
った」。都市は一瞬で廃墟となり、救護所
にはうめき声が満ちた。そして、無傷の者
は黙り込んだ。話す気力さえ奪われていた
と(井上恭介著「ヒロシマー壁に残された
伝言」)◆被爆者が語り始めたのはずっと
後のことだ。日本被団協が結成されたのは
戦後11年目。「今日までだまって、うつむ
いて、わかれわかれに生き残ってきた私た
ちが、もうだまっておれないでてをつなぎ
立ち上がろうと集まった大会なのです」と
宣言した◆きのうノーベル平和賞の授賞式
がノルウェーの首都オスロであった。熱線
と爆風、放射線で死んだ広島と長崎の何十
万の人、今も原爆症に苦しみながら全国で
生きる人はどんな思いで受賞スピーチを聞
いたろう◆その会場に、高校生平和大使4
人の姿もあった。被爆者の声を世界に伝え
る活動をしている被爆3世や4世の若者た
ちである◆バトンを受け取る。「私たちを
最後に」と訴える体験者の願いをつなぐ。
それは、私たちにもできる。2024・12・11

神戸新聞、コラム正平調書き写し

寺院の密度が高い大阪の天王寺区を
巡ると、門の掲示板に詩や格言、標
語などを掲げているのをよく見かけ
る◆中にこんな言葉を見つけた時は
「えっ」と驚いた。「どんなもので
も何かの役に立つんだ。たとえば、この
小石だって役に立っている。君もそうなん
だ。フェリーニ監督の名作「道」のセリ
フ、◆誰もが人生の主役、何より地域の貴重
な人材です。助け合ってまいりましょう。
全国を回り、そう訴えたのは「さわやか福
祉財団」会長の堀田力(つとむ)さん。兵庫各地でも
公演が催され、ユーモアたっぷりの話に触
れた方も多いだろう◆特捜検事としてロッ
キード事件などを手がけたが、ボランティ
アの伝道師のような活動の方が人々の印象
に残っているはず。さらに福祉、税制、教
育、災害。その人柄と知恵は、さまざまな
分野で引っ張りだこに◆米国の日本大使館
に出向した時のこと。「英語ができない息
子を地域の人が温かく迎えてくれた。助け
合いはいいなと身に染みた」。そして定年
を前に宮仕えをすぱっと辞めた◆堀田さん
の訃報を伝える記事に、董陶を受けた検察
関係者の言葉があった。「大事な局面を迎
えると、堀田さんならどう考えるだろうと
思った」。いろんな場所で同じことを思う
人がいる。今も、これからも。2024・12・6

神戸新聞、コラム正平調書き写し

日本の民話の一つに「三年寝太郎」
がある。3年間、ごろごろ寝てばか
りの男がある日むっくり起き上がる
と、水不足に悩む村の水利問題を解
決するーというあらすじはどこも同
じだが、全国にいくつもバリエーションが
ある◆その一つが山口県の厚狭(あさ)地区に伝わ
る物語だ。怠け者の息子が父に頼んで船を
作らせた。その船にたくさんのわらじを積
んで向かった先は佐渡金山。古いわらじと
新しいのを「ただで換えてやる」と触れ回
った◆40日後、息子は村に戻り、大きなお
けでわらじを洗うと、おけの底には砂金の
山が。そのお金で用水路を作り、村の荒れ
地は水田に変わったとさ。めでたし、めで
たし◆と、簡単にはいかないのが歴史問題
である。先日、佐渡金山であった全労働者
のための追悼行事で韓国側が参加を見合わ
せた◆もともと佐渡金山の世界文化遺産登
録に「強制労働被害の現場だ」と韓国側は
反対だった。その相違を話し合いで乗り越
えてきたのだが、根深い不信感は消えてい
ない。薄氷を踏む慎重さが日本にはあった
のか◆歴史の見方には両面があり、のどに
刺さったとげは簡単には抜けない。それで
もなんとか世界文化遺産の登録にこぎつけ
た。お互いが納得できる道はないものか。
時間をかけて向き合いたい。2024・11・27

神戸新聞、コラム正平調書き写し

戦後すぐに次々起きた、若者による
犯罪の一つに「日大ギャング事件」
がある。19歳の少年が恋人との駆け
落ち資金を稼ごうと、日大職員の給
与を強奪した。逮捕される時に言っ
たのが「オー、ミステーク!」◆今、ミス
テークを重ねて凶悪犯罪に加担してしまっ
た若者の後悔が報じられるのは、首都圏で
連続する強盗事件である。交流サイト(S
NS)を通して、安全で高額報酬をうたう
バイトに応募したら…◆個人情報を握られ
逃げたら殺すぞ、家族も無事ではいられな
いぞと脅された挙句、民家に押し入り、
人の命を奪ってしまった。最後は使い捨て
である◆逮捕者の中に、滞納した税金を
払うためと動機を供述している容疑者がい
るが、法を守る気があるのか、ないのか、
警察庁は闇バイトに応じた若者に対して、
責任を持って身の安全を守るので犯罪に手
を染める前に通報を、と呼びかける◆指示
役は通信アプリで、実行役に指令を伝えて
いる。現場にいないからか、手口が荒っぽ
い。カギがかかっていようがいまいが、お
かまいなしに窓をたたき割って侵入し、住
人を殴って蹴って、拉致して脅す◆強盗を
重ねる主人公の破滅を描いた映画のタイト
ルのごとく、犯罪者に「俺たちに明日はな
い」と痛感させる操作を望む。2024‣10‣23

神戸新聞、コラム正平調書き写し

戦時中、大阪鉄道局長の職にあった
後の首相、佐藤栄作は疎開先の丹波
篠山から列車で通勤した。運輸通信
省の本流から外れ左遷に消沈した日
々だったが、戦後の公職追放を免れ
て出世の道が開かれる◆高度成長に支えら
れ、7年8カ月の長期政権を築く。米国と
有事の際の核再持ち込みの「密約」を交わ
しながら、核拡散防止条約への署名や非核
三原則を理由にノーベル平和賞を受賞。今
も評価が分かれる◆同じく首相を務めた岸
信介とは実の兄弟だが、2人は分家の子で
兄は父の実家である岸家に、弟は本家にそ。
れぞれ養子に入った。家名を残すことが何
よりも重んじられた時代のことだ◆政治家
一家はともかく、今は親の都合による婿養
子はあまり聞かない。東北大の吉田浩教授
の試算では、結婚時に夫婦どちらかの姓を
選ぶ現行の制度を続けると、500年後に
日本人は「佐藤」のみになる可能性がある
とか。元首相も望むまい◆「選択的夫婦別
姓」制度導入の是非は自民党総裁選でも争
点となった。賛成派が名字への愛着などを
挙げる一方、家族の絆や一体感が弱まるな
ど反対も根強い◆結婚し名字が変わる不利
益は特に女性が感じている。導入に賛成の
立場を示す石破茂さんが新首相になる。機
運は高まる。有言実行なるか。2024・9・29

神戸新聞、コラム正平調書き写し

栗山英樹さんが日本ハムファイター
ズの監督時代、大谷翔平選手を「1
番・投手」で起用したことがある。
さすがの二刀流も度肝を抜かれたら
しい。「ホームランを狙って、空振
りしてきます」。そういって打席へ向かっ
たら◆初球をいきなりホームラン。1番・
投手の先頭打者本塁打はもちろん日本初だ
った。予想を上回る指揮官のアイデアが若
き野球選手のわくわく感を引き出したのだ
ろう◆大谷選手のエピソードはどれも人間
離れしているが、ここまで極端なストーリ
ーは漫画でも描けまい。大リーグ・ドジャ
ースでシーズン50本塁打、50盗塁の「50-
50」を達成したきのうの活躍は、離れ業だ
った◆6打数6安打10打点、3打席連続ホ
ームラン2盗塁ー。長打で三塁を狙いアウ
トになったシーンで送球が少しでもそれて
いたら、1試合で単打、二塁打、三塁打、
本塁打を全て放つサイクル安打も実現して
いた◆ハンマー投げの金メダリスト、室伏
広治さんの言葉より。「水の下に行けば水
圧でプレッシャーを感じるし、水の上に行
けば浮輪みたいに浮くし。自分次第ですよ
ね」◆昨夜、盛り場では「フィフティ、フ
ィフティに乾杯!」の声があちこちで上が
っただろう。野球ファンでなくても虜(とりこ)にし
てしまう「水上の人」である。 2024・9・21