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神戸新聞、コラム正平調書き写し 

先の戦中、作家の池波正太郎さんは
海軍に召集された。敗戦後は仕立て
直した軍服をつぎはぎだらけになる
まで着たと回想の随筆にある。誰も
が食べることに必死で、装いなどは
後回しだったと◆「戦後、はじめて、なつ
かしい背広に躰(からだ)を包んだのは、たしか昭和
二十五年の春だったとおもう」。終戦から、
人々は平和と復興の香りをかいたのかもし
れない◆「今日は着飾っている」。トラン
プ米大統領がウクライナのゼレンスキー大
統領の服装をからかった。「世紀の口論」
を演じた、先日の首脳会談である。「スー
ツを持っていないのか」と聴く米国の記者
もいた◆ロシア軍の侵攻を受けて以来、ゼ
レンスキー氏が軍との連帯を示すためにス
ーツを着用せず、Tシャツやトレーナーと
いったラフなスタイルで通していることは
良く知られる。この日も黒い長袖のシャツ
だった◆領土と人間の尊厳を踏みにじられ
た祖国は、今この時も懸命の抵抗を続けて
いる。トランプ氏らの発言は、米国を同志
と信じて侵略にあらがうウクライナの人た
ちを「着る服がないのか」とあざけったに
等しい◆懐かしいスーツに袖を通す日を、
みんなが待っているというのに。祖国の平
和と安全という名のスーツを。2025・3・5